じもともともに

作り手と使う人の世界を近づける松代焼の陶工さん

 長野県松本市からさらに長野自動車道を北上し、姨捨伝説で知られる姨捨付近で、重要文化的景観にも認定された棚田や善光寺平の景観を眺め、しばらく走ると長野インター。ほど近くにある松代陶苑さん。迎えてくれたのは、松代陶苑の専務であり、松代焼作陶会代表の小澤経弘さん。柔らかい物腰と柔らかい声のトーンで、端的で、わかりやすい話し方でした。
 はじめに、少し敷地内を案内していただきました。入口を入ると奥に広い敷地。茶碗から大きな花瓶などが並ぶショップを通り過ぎると、大きな窯がある建物とろくろが並ぶ工房。途中の部屋には、机がたくさん並び、社会見学の小学生たちや旅行者さんが、陶芸体験をする場所になっていて、小学生たちからのお礼の手紙が飾られていました。「昨日も小学生が来てくれた」と嬉しそうに話してくれたのが印象的でした。

【トピックス】
①「変わっている仕事に憧れた」
②松代焼とは
③松井窯のこと
④ものづくりの世界「そうやらないとコレにならない」
⑤“本が好き”な小澤さん
⑥「日常に使えて、いつもの通りに、そこに存在できる器であってほしい」
⑦これからのあり方


 「変わっている仕事に憧れた」

 「なんの仕事をしているんですか?」
 「お茶碗作っています。」
 そこに憧れたんだ、と話す小澤さん。面白そうな人だな、というところから取材がはじまりました。
 転職を考えていたときに、知人から紹介されたのが松代陶苑。それまで、存在も知らず、陶芸のことも全く知らなかったそうです。“とにかく変わっているから”という理由でスタート。はじめは営業職をしていたけれど、営業先で質問されたことに詳しく応えたいと想い、松代焼を学ぶために、制作をはじめました。現在は、小澤さん含む3人の陶工さんがいます。分業ではなく、すべて一人で完成まで手掛けています。



 松代焼とは

 松代焼の特徴は、素朴な造形と重量感、そして、上釉(うわぐすり)の豪快さにあります。鉄分の多い土と全て自然釉(灰釉)の釉薬(ゆうやく)。この両者が反応し合ってきれいな青色の自然発色がみられます。また、釉薬を二重掛けすることで、緑色の流し掛け(青流し)がほどこされ、形は同じでも、色合いは同じものは一つもなく、唯一無二のものとなります。日常生活で使いやすい食器や花瓶も多く、特色である青色と緑色の釉の美しさを日常のなかで楽しむことができます。
 松代焼の釉薬は、薬品等を使わず全て自然界に存在するものを使います。そのため、とても不安定な釉薬です。釉薬のかけ加減や季節・気候などで色も若干変化します。完全に同じ色を出すことは難しいものです。


 青流し(釉薬を二重掛け)は、欠けにくくするため、ほどこしたのではないか、と言われています。かけ合わせることで、緑の色がでます。全体に下釉をかけたあと、口元に少しつけます。そして、釉薬が窯のなかで溶け流れ、青流しが完成します。意図してできることではなく、唯一無二のものとなるのです。



 松井窯のこと

 松井窯の特徴は、釉薬を調合する際に、温泉水を使います。地元松代の湯「松代荘」の温泉水を使用することで、水道水よりも灰がむらなく混ざり合い、使いやすい釉薬になり、やわ、らかい色合いになります。温泉水を使いはじめたきっかけは、染めもの屋さんが使っている、という話を聞き、松代焼にも使えるのではないか、と分析してみると、条件的にそろっていました。偶然な発見でしたが、松代焼がはじまったころも、もしかしたら使っていたのではないか、と推測しているそうです。松井窯では、天然の土、天然の灰、そして、地元の温泉水を使い、200年前と変わらない製法で作り上げています。


 ものづくりの世界「そうやらないとコレにならない」

 小澤さんは、松代焼について語るとき、終始こう話されていました。
 「そうやらないとコレにならない」
 特に、釉薬の技術は、松代焼で、1番の重要なポイントですが、技術継承も難しい点であり、「テキスト通りにやってもそうならない。感覚でつかんでいくしかない。」と言います。
 ものづくりの世界は、そういうところがあるのでしょう。また、窯に火を入れてからの様子は、何か神々しさを感じます。
 「窯に火を入れたら何が起きるかわからない。ここからは、手が出せる世界ではない。三日三晩、途中で火をとめることはない。その中を誰も見たことがない。火が燃える音と熱いのと一晩中付き合うだけ。孤独。考えを巡らす時間。不思議な時間。」そう語る小澤さんの選ぶ言葉も素敵で、想像が膨らみます。どんな気持ちで朝を迎えるのでしょうか。

“本が好き”な小澤さん

 お休みの日は、家で過ごすことが多いという小澤さん。犬とごろごろと過ごしたり、畑作業をしたり、ほか、本を読むことがお好きなのだそう。本は、児童文学や本屋大賞ノミネート作品を好んで読むそうで、特に灰谷健次郎、今江祥智、重松清が好き。特に好きなものが、山本有三の「路傍の石」。
 「路傍の石のように生きたい。でもひねくれものなので、目立ちたい。」
 本屋大賞にノミネートされた本を読むときは、娘さんと感想を交換するそうです。そして、読むばかりではなく、童話を書いて応募したことがあるのだそうです。すごいですね!

「日常に使えて、いつもの通りに、そこに存在できる器であってほしい」

 ショップには、大小さまざま、形もいろいろの茶碗が並びます。茶椀には、小澤さんの想いがあります。「自分の茶椀で食べられるのは平和の証。自分の茶碗で食べることができなくなるとき、というのは、たとえば、災害が起きたとき、病気になったとき…だから、自分の茶碗で食事ができることは、平和なのだ。」と。
 長野市では、2019年に豪雨災害があり、川が氾濫し大きな被害がありました。そのときに感じたそうです。
 「食べられればいいわけではない。おいしいものを食器で、自分の器で、食べられるように早くなるとよいよね。そうすると日常が戻ってくる。いつものものをいつものように使えることが大切。」
 また、“手が不自由だから、スプーンですくえる食器を作ってほしい”と、要望を受け、作ったことがあるそうです。自分にあった茶碗を持っていること、それを毎日使うことは、確かに大切な日常だ、と話を聞いていて感じました。
 「日常に使えて、いつもの通りに、そこに存在できる器であってほしい」との想いから、シンプルなデザイン、持ったときに手になじむこと、を意識して制作しているそうです。

これからのあり方

 最近は、陶芸体験をする時間がおもしろいそうです。
 「陶芸を通して、世界が一緒になる。世界観が共有できたときの喜びだね、やっぱり。」
 体験の機会を増やすため、ホテルへ企画を提案しています。“雨の日や夕食のあとの過ごし方として、陶芸体験を”
 「ものづくりが旅の記憶の一部になる。普段から使うものなら、ふとしたときに、思い出すことがよいよね。」
 また、「新しい時代に合わせて存在価値を作っていかなくては…」と話す小澤さん。
 百貨店さんの企画で、工業デザイナーさんとのコラボ商品を作っています。「注文があっってから作るかたちにしています。ものの価値を知ってもらうためにも。“今から2か月かかります。あなたのために1から作ります。作ったものは、あなただけのものです。”ということを伝えたい。ものが溢れる時代に、ものづくりの“本来の姿”を感じてもらいたい。」
 ものづくりの現場と使う人が、近づいていく流れを感じる昨今です。松代陶苑さんでは、陶芸を通して、どんなことが起きていくのでしょうか。どんな出会いが生まれるのでしょうか。



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【書いた人】
太田清美 2020年4月、名古屋から長野県上伊那郡箕輪町へ移住。
自然の近くで、季節を感じながら、山々を眺めたり、野菜づくりをしたり、 自分の暮らしのカタチを追いかけている。
風景、営み、人、文化、など一つ一つを味わい、 体感したことをいろんな人たちと共有していくことが嬉しい人。      


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