じもともともに

つながりの中で育てる漆器のこれから

 木曽の山あいにある漆工町、木曽平沢。重要伝統的建造物群保存地区に選定されている町並みがあります。特徴は、通りに面する主屋、中庭を通って漆塗りの作業場である塗蔵、その奥に離れや物置などが続きます。各敷地においてほぼ同じ位置にあります。中山道が通るこの町並みを歩いていると、道がゆるく曲がっていきます。そして、同じ佇まいの建物が並び、道の先までそれが続いていきます。街道の雰囲気を感じられます。まさにその佇まいでそこにあり続ける、伊藤寛司商店さんを訪ねました。4代目の伊藤寛茂さん(以下:伊藤さん)が、出迎えてくれました。

【トピックス】
🔳漆について
🔳伊藤寛司商店さんの特徴
🔳漆の仕事へ
🔳つながり、得意を活かす
🔳趣味は、釣りく
🔳木曽平沢、木曽漆器への想いく


 漆について

 気さくな伊藤さんのおかげで、難しいことも難しく聞こえず、漆の基本的なことについてたくさん聞かせてもらいました。
 漆とは、漆の木に傷をつけたとき、そこから浸出する樹液のこと。漆の主成分であるウルシオールと空気中の酸素が反応して、固まります。「漆は、水分が蒸発して乾くという現象ではなくて、難しい言葉はよくわからんけど、高分子結合とか言うらしい。漆は乾く、と言うより、かたまる、って言うのかな。必要なものは、水分。湿度70~80%、気温22度~24度がかたまりやすい状態。梅雨時がかたまりやすい。つまり、塗りにくい。冬は乾燥しすぎてしまうし、やりやすいのは、11月、4月~6月前半くらいになるのかな。」



 伊藤寛司商店さんの特徴

 日本産の漆について、伊藤さんの感覚では、こうです。「日本産の漆は、かたいのだけど、触れたときに柔らかいものになる。感覚だけどね。測定したらわかるかもしれないけど。」
 伊藤寛司商店さんの代名詞と言える“古代あかね塗り”。塗りの技法としては、一般的ですが、①仕上げの上塗りの漆が日本産の漆のみ使用、②漆と木のみで作る、という点が特徴です。柔らかい手触り、口ざわりになるのだそう。
 「“古代あかね塗り”は、色合いが特徴。はじめは濃い色。使っていくと明るくなって、ツヤが出る。使い込むとツヤがでる。」と、塗りたてのお椀と長年使っているお椀を見せてくれました。たしかに、塗りたては、しっとりと濃く深い朱色。それに比べて、後者は、明るい朱色で、光を反射するほど艶やか。色の変化を楽しみながら使えそうです。
 また、自社で漆を精製。漆の精製の方法(黒目)としては、天日に当てながら全てを手作業で行う天日手黒目と、火を用いて機械で撹拌する機械黒目があります。「黒目は、生漆から徐々に余分な水分をとばし、透明度を高めていく作業。自分たちの使いやすいものができる。機械黒目は、ツヤが出すぎる。手黒目漆のほうがのびやすい気がする。」伊藤寛司商店さんでは、最後に施す塗り“上塗り”に使用する漆は、すべて天日手黒目で精製した漆を使用しています。肉厚で、しっとりした肌触り、そして、落ち着いた色合いが特徴の塗りに仕上がります。



 漆の仕事へ

 伊藤さんは、大学から関東へ出て、12~13年サラリーマン生活。毎日残業が続き、土日は家で休むだけ。そんな生活が続き、このままではダメだ、と地元、木曽平沢に戻り、伊藤寛司商店の仕事に就きます。漆芸学院で、漆塗りのことを学び、はじめは営業が多かったのですが、最近では塗りの仕事が中心の生活になりました。



 つながり、得意を活かす

 営業で、デパートや問屋さんの展示会へ出向くことの多い伊藤さん。気さくなそのお人柄で、全国の産地との繋がりを作ってこられています。実際に産地を訪ねることもあるそうです。アイデアの相談をしたり、得意分野で仕事を補い合うなど、産地の垣根を超えたものづくりをはじめています。木曽平沢で、器の形を作る木地師さんがわずかしか残っていない現状もあり、「お椀やカップ類は、山中へ(山中挽物木地)。皿など薄目の材料は、庄川へ(富山・庄川挽物木地)。」とよい関係を築いている様子でした。



 趣味は、釣り

 伊藤さんの趣味は、釣り。釣り仲間とよく出かけるそうです。「年間100日以上、釣りに出かけていた時期もある。それだけに集中できて、気分転換できる。秋田まで遠征に行くこともある。よく行くのは、岐阜の郡上・石徹白のあたり、もう少し行った岐阜と福井の境目の九頭竜湖の源流あたりかな。最近は、土日の土曜のみとか。」と少し物足りなさそうに話す伊藤さん。釣り仲間とは、どこで出会うのか、と質問したところ、「釣りブログをやっていて、そこから繋がった。」とのこと。つながりを作り、つながりを大切に続けていくことが得意なのだな、と感じました。


 木曽平沢、木曽漆器への想い

 伊藤さんは、木のマイスプーンを持ち歩いています。もちろん、漆塗りのスプーンです。「出張のとき、外でカレーを食べたりするとき、マイスプーンで食べる。口に当たる感触が柔らかくていい。金属の嫌な味がしないし、食器に当たった音も静か。」食事に入ったお店で、マイスプーンを出す伊藤さんの姿が目に浮かぶ。遭遇した人は、漆塗りのスプーンをそんな風に使ってよいものなのだ、という想いにもなるでしょう。「日常使いのものを作っている。気軽につかってもらえるものになってほしい。」伊藤さんの言葉を思い出します。


 木曽平沢、木曽漆器への想いも強い。どこでも課題である人手不足。木曽漆器も同じく。「観光地化されてほしくない。土産物店でもないから。けど、人には来てほしい。この感じ、言葉にするのが難しいね。木工、漆に限らず、ものづくりをしたい人が集まってくれたら…作り手が集まる町とか面白くなるんじゃないかな。木に塗るだけでなく、陶磁器に漆塗りを施す陶胎(とうたい)漆器だったり、産地の垣根をこえた、ものづくりも必要かも。工房を月割りとか日割りとかで、漆やりたい人に貸し出して、やってみてもらって、根付いてくれたら。」と構想が次々と。伊藤さんの“人とつながる”強みがあれば、何か動きだすかもしれない、そう思うのでした。
 伊藤さんを取材する前に、木曽漆器に携わる2人の職人さんを取材しています。そのお2人も、伊藤さんと同じように、木曽平沢で木曽漆器を残していくこと、これからのあり方について、よく考え、想いをもっていました。3人を訪ねたことで、木曽平沢、木曽漆器に親近感を持ちました。これからの木曽漆器を担うみなさんの動向を追いかけ、応援していきたいと思います。



≪HP≫

 【木曽漆器】伊藤寛司商店 HPへ             





【書いた人】
太田清美 2020年4月、名古屋から長野県上伊那郡箕輪町へ移住。
自然の近くで、季節を感じながら、山々を眺めたり、野菜づくりをしたり、 自分の暮らしのカタチを追いかけている。
風景、営み、人、文化、など一つ一つを味わい、 体感したことをいろんな人たちと共有していくことが嬉しい人。      


ご紹介商品

伝統的工芸品目 【木曽漆器】 和塗 汁椀

17,600円(税込)

伝統的工芸品目 【木曽漆器】 古代あかね塗 大丸椀

9,900円(税込)