じもともともに

伝統を守りながら、新しい道を切り拓く漆塗り職人

 漆の産地、中山道が通る長野県、木曽平沢の伝統的な町並みがはじまる手前に、未空うるし工芸はあります。“木曽路はすべて山の中”という、木曽にゆかりのある島崎藤村の「夜明け前」の冒頭にもあるように、木曽を訪れるたびに山の近さを感じます。木の匂いを感じます。車から降りた瞬間に、木曽の香りだ、木曽へ来たな、と思うほどです。
 この日訪ねたのは、第一印象で、“兄貴”と呼びたくなる、そんな岩原裕右さん(以下、岩原さん)です。工房の中へ入ると、ハーレーダビッドソンの旧車が目に飛び込んできて、ますます興味が湧きつつ、少し緊張もしつつ、兄貴気質な人なら話もしやすいのかも、という期待感のなか取材をはじめました。

【トピックス】
①漆の世界へ
②新しい漆の見せ方、jaCHRO(ジャックロ)
③バイクが好き。旧車が好き。
④産地への想い
⑤伝統を守りながら、新しい道を切り拓く


 漆の世界へ

 岩原さんは、好きなものに繋がる仕事をしてきた人です。20代の頃は、関東へ出て、革の商品の販売。地元へ戻ってからは、バイクの部品をつくる金属加工・溶接の仕事をしていました。「このままでいいのかな」と思っていた30歳になる頃、お父さまに相談しているなかで、「漆塗りの仕事をやってみるか?!」という話になり、家業であった、お父さまの会社へ。漆の世界へ入ります。
 「小中学校の頃、いとことお手伝いというか、遊びにいったりしていましたね。漆自体は身近だった。大変だとわかっていたので、継ぐつもりもなかった。」と岩原さん。
 会社へ入って2年目には、自分の工房で自分の作りたいものを作っていたのだそう。10年近く、会社で漆塗りの技術を磨きながら、工房でのものづくりを続け、「新しいことへの挑戦は自分でやるしかない」と独立しました。



 新しい漆の見せ方、jaCHRO(ジャックロ)

 “漆塗りを知らなかったという世代にも興味を持ってほしい”という強い想いから誕生したブランド「jaCHRO(ジャックロ)」。革やバイクなど、様々な素材との融合に挑戦しています。
 「革に漆塗りは、伝統的な技法。剣道の胴、甲冑に漆を塗るのは補強になる。ただ、柔軟性を保持したまま漆を塗るのは、今までにない。」とマルチウオレットを例に。

 また、旧車のハーレーダビッドソン(以下、ハーレー)に漆を塗ることついて、こう話されました。「漆は、紫外線に弱いので、乗り物に塗るのはマイナスの部分が多い。ツヤがなくなって薄れていって淡い色になる。特に旧車であれば、バランスにマッチしてくると思う。経年変化を売りに。工業製品としては色の変化はよくないけど。」岩原さんの想いとイメージが溢れてきます。「本来かけ離れた世界にいる、今までと違う客層にアプローチできる。自分にしかできないことをすることで、差別化も図れますし。」岩原さんの挑戦でもあり、新しいお客さんとの出会いを生み出すものでもあります。

 そして、手ごたえを感じていることもあるようです。「漆器の入口になっている感は感じるので、やっていきたい。地元の小学校が見学に来るんですよね。そのあと、親に連れてきてもらって、中学生が買いに来てくれたりとかあったりすると嬉しいですよね。学校の給食で、お椀や箸は漆器のものを使っているけど、普段、漆器のものを使うことはないと思うので。この年代の子たちが買ってくれるというのは、とりこぼしていた部分をひろっている感じがある。1/3歩ずつかもしれないけれど、歩んでいってるのかな。」1/3歩という表現に岩原さんらしさを感じます。



 バイクが好き。旧車が好き。

 “jaCHRO”でも展開している、旧車のハーレーへの漆塗り。岩原さんの好きなものが仕事に繋がっています。工房にもハーレーが置かれていて、バイクのことがわからなくても、とにかくかっこいいことはわかります。特に、「旧車が好き」なのだそう。「春先と秋口が走るには一番いいですね。2ヵ月くらい入院していたんで、こいつが。だから、これから出かけたい。100キロくらい走りますよ。遠回りしてぐるぐる回ったり。」と、バイクのことを“こいつ”と呼ぶところなど、端々に好きなことが伝わってきます。
 ほかに、ファッションも好きだそうで、この日も、木曽から近いエリアでのおすすめの買い物エリアを真剣に考えてくれていました。
 岩原さんから生み出される商品に、センスや色がにじみ出ているな、と想うのでした。


 産地への想い

 漆塗りの産地としての想いも強い。「やっていることって、産地があるから引き立つと思っているんですよね。自分の欲だけで言ったら、楽しいことだけやっていたい。でも、自分だけ生き残ってもしょうがない。産地が生き残ってこそ、新しいことができるし。相乗効果ですよね。漆器はやっぱりこういうのがいいよね、という人もでてくるだろうし、両方やっていきたい。」
 ほかにも、「後世に引き継いでいかないと、という課題もあるけど、でも、できるかな、とちょっと不安に思っています。現実には厳しいところがあるから。」と、若手の職人さんのこと、産地のこと、様々な課題のなかにあることを話してくれました。

伝統を守りながら、新しい道を切り拓く

 最後に、今後どのような展開をしていきたいかを質問してみました。「産地を維持していくためにも産地で受ける仕事は減らさない。そこに、“jaCHRO”の仕事を確立させていきたい。」と迷いなく語ります。「溶接や旋盤もあるので、今後、独自パーツや部品をつくることも仕事にしていけたらな。こんなパーツあったらいいよね、というものをうまく作ってやれればな。基本、すべてに漆を塗りたいけど、そうするとお客さんも限られてしまうので、似たような技術で提供できれば。それも技術だと思うので。」漆塗りだけでなく、ほかの技術との組み合わせも構想にあるようです。
 歴史ある戸隠神社(長野市)のお神輿の修復をするなど、文化的なものの修復も含め、漆塗り職人として、伝統の技術を残す仕事にも確実に取り組む姿。それとは別に、今までにない新しい形の漆塗りの世界を築き、新しく漆との出会いを作ることに挑戦るする姿。そんな相対するようにも想える姿が、これからどう絡まり、世界を広げていくのでしょうか。ハーレーの横にいる岩原さんの兄貴っぽさに、ますます期待が膨らむのでした。



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【書いた人】
太田清美 2020年4月、名古屋から長野県上伊那郡箕輪町へ移住。
自然の近くで、季節を感じながら、山々を眺めたり、野菜づくりをしたり、 自分の暮らしのカタチを追いかけている。
風景、営み、人、文化、など一つ一つを味わい、 体感したことをいろんな人たちと共有していくことが嬉しい人。      


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