じもともともに

長野・飯山の暮らしとともに歩む紙漉き職人

 長野県の一番北、もう新潟を感じるあたりにある飯山市。イメージは、積雪の多さ。町を車で走ると、道路には、融雪パイプ(地下水で雪を溶かす装置)が設置され、家の屋根の形は急こう配。冬の雪の風景を想像しながら、町を少し抜けた、山裾の集落に阿部製紙さんはありました。

【トピックス】
①新しい内山紙の道を模索
②紙の強さを伝えたい
③白さ際立つ”内山紙”とは
④子どもたちと阿部さんと内山紙
⑤飯山の暮らし。冬の楽しみ。
⑥伝統工芸とともにある暮らし


 新しい内山紙の道を模索

 この日は、内山紙の伝統工芸士、阿部製紙3代目の阿部拓也さんを訪ねました。強面で言葉の少なめな職人さん、という第一印象。きちんと取材できるか少し不安になりながら、お話をはじめてみると、内山紙への想いと地元愛に溢れる人でした。
 阿部さんは、家業である阿部製紙さんへ入り、26年目。長男だったこともあり、専門学校を出た、20歳の年に自然な流れで、内山紙の世界へ入ります。
 「みえないところが大変ですね。原料の処理をちゃんとやらないと紙を漉いてもよいものにならないし。一つ一つ手をぬけない、と思いながらやっていますね。」
 内山紙をつくる基本を大切にしつつ、障子紙としての需要が減っている現在、「こんな使い方ができるんだ、というのをみてもらって、紙を使ってもらうきっかけの一つになれば」と新しい道を模索しています。



 紙の強さを伝えたい

 そんな中生まれたものが、内山紙をひねってこより状の糸にし、それを手で織り、“紙の布”にする手法でした。もともと阿部さんのおばあさまがやっていたのを思いだし、試行錯誤を重ねて、革や布とは違う、紙ならではの風合いと紙の強さを感じられる“紙の布”が出来上がったのでした。
 阿部さんのこだわりは、「紙だけでできないか」ということ。「なるべく紙以外の素材を使わないように、というのは考えているんだけど…紙だけでできることが、紙の強さを伝えられる一つなのでは、と思って…」
 実際に、紙の布で作られたクラッチバッグを手にしてみると、紙でこんなことができるのか、と驚きました。知らない人が見たら、紙だと気づかないのではないかと思います。阿部さんの伝えたい“紙の強さ”と“新しい使い方”が、形になっています。ただ、「完成しているようで完成していない」のだそう。「新しいものをつくる過程、考えているときが楽しい。」とも話す阿部さんなので、これからどう変化していくかも期待です。



 白さ際立つ”内山紙”とは

 内山紙とは、どんなものなのでしょうか。
 長野県飯山市を中心とした奥信濃の地で、350年前より生産されてきました。農閑期の冬場、農家の副業として普及していきました。原料は全て楮(こうぞ)を用い、強靭で通気性、通光性、保湿力が優れています。また、内山紙は、楮を原料とした和紙の中でも、その白さは際立ちます。楮を煮て乾燥した後、その繊維を雪の上に広げておく「雪さらし」を行うことにより、自然な白さが得られるのです。障子紙や習字紙などに多く使われています。
 内山紙の特徴である“雪さらし”は、自然の漂白です。雪が溶けるときにオゾンが発生し、漂白されます。これが内山紙の白さを生み出します。


 子どもたちと阿部さんと内山紙

 飯山市の小学校では、卒業証書は、小学6年生が自ら紙を漉いて作ります。阿部さんも小学生時代に体験されたそうです。飯山市には、現在7校の小学校があり、6年生を全員合わせても200人いないと聞きました。少子化が進んでいるのだそうです。「少人数だからできること。産地だからできること。」と阿部さん。この紙漉き体験は、飯山市のみならず、近隣の野沢温泉村、栄村でも取り組まれています。
 特に、阿部製紙のある地域の小学校では、楮を育てるところからはじめます。内山紙の特徴である“雪さらし”も体験してもらい、楮の繊維がだんだんと白くなっていく様子を見てもらうそうです。
 また、阿部さんは、楮の茎の部分の空洞になっているものを利用して、ボールペンを作製し、卒業記念に贈っています。「卒業証書はしまっておくから、手元におけるものを、と思って…書き心地いいんですよ。」と嬉しそうに話す阿部さんの姿がありました。職人さんの顔から地域の大人の顔になっているのが印象的でした。贈られたお子さんたちは、よい記念になるでしょうね。
 一生のなかで、紙漉きを体験する人は多くはないと思うので、卒業証書を自分の手で漉く体験は、とても貴重であり、産地だと意識できる経験となるのだろうと思います。

飯山の暮らし。冬の楽しみ。

 “雪さらし”のお話から、飯山の冬の暮らしの話がどんどんと膨らんでいきました。阿部さんが飯山での暮らしを語るとき、とてもよい表情をしていて、飯山の暮らしがよいものなのだな、と感じました。
 飯山の冬は、厳しいイメージしかできませんでしたが、阿部さんのお話のなかで、冬の暮らしの楽しさを垣間見ることができました。
 冬の積雪は、通常の年で1m。多い年は、2mくらいまで。「雪が降れば、朝夕雪かき。一軒家が埋まるくらいの山がすぐできてしまう。浮き輪でそり滑りをしたり、かまくらを作ってかまくらの中で何か食べる、とか。四季ははっきりしているね。夏は川遊びできるし。」と話しながら、雪かきでできた雪の山の写真を見せてくれました。また、「“しみわたり”知ってる?!2月とか3月に、雪の表面がとけて、朝かたまるとその雪の上を歩けるんですよ。ザクザクと歩いたり、走ったり。自転車もそりも。雪国でしかできないことだから」と、飯山の暮らしのお話をたくさん聞かせてもらいました。

伝統工芸とともにある暮らし

 「“伝統工芸”と言葉で聞くと難しいイメージ。でも、昔からあるもので、普段づかいされていたもの。価格をみるととまどったりするところもあると思うけど、長く使ってもらえるもの、とは思っているんで使って良さをわかってもらいたい、というのはありますよね。そのほうがものに対して愛着がわくだろうし、大切にするだろうしね。長く使えれば、価格が高くても…そこが見えるとよいのだけど…」と阿部さん。
 阿部さん自身も、伝統工芸品の竹かごを普段から使っているのだそう。その使い方がユニーク。となり町の野沢温泉へは、車を走らせれば10分。よく行くのだそうです。「温泉たまごをつくるときに使っている。竹かごごと温泉に浸して、そのまま持ってこられるんだよね。待っている間、足湯をして、アイスクリームを食べる。」またまた、楽しそうなお話。やってみたくなりますよね。
 飯山では、夏に“いいやま灯篭まつり”があります。内山紙を使った10000個もの灯篭が街中を彩ります。小学校の卒業証書の紙漉き体験や、灯篭まつりなど、飯山市では内山紙に触れる機会が多くある印象です。
 最後に、内山紙への想いを質問してみました。「残すことはできるけど、伝えることは難しい。仕事として成り立つようにしないといけないというのはありますね。」と。また、今後やりたいことはありますか、と質問すると「そういうのは言わないことにしている。言うとやらなきゃいけなくなるんで。頭の中で置いておいて、形になったときにはそういうときなんで。」とお応えに。そう聞くと、何が起きるのだろうか、と期待が膨らんでいきます。
 飯山の地で、暮らしと内山紙にひたむきに向き合う阿部さん。その想いをひしひしと感じる時間となりました。



≪Instagram≫

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【書いた人】
太田清美 2020年4月、名古屋から長野県上伊那郡箕輪町へ移住。
自然の近くで、季節を感じながら、山々を眺めたり、野菜づくりをしたり、 自分の暮らしのカタチを追いかけている。
風景、営み、人、文化、など一つ一つを味わい、 体感したことをいろんな人たちと共有していくことが嬉しい人。      


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