じもともともに

ちょっと触れてみたくなるような漆器を作る若き蒔絵師

 中山道が通る南北約850mの木曽平沢の町並み。ここは、平成18年7月に、重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。その南の入口から歩いていくと、いよいよ木曽平沢らしさを感じるあたりに「ちきりや手塚万右衛門商店」さんはあります。(以下、ちきりや)
 店の外には、手入れされた鉢植えのお花たち。そこで迎えてくれたのは、代表取締役の手塚英明さんとその娘さんの手塚希望さん。(以下、希望さん:のぞみさん)ご家族で営まれています。今回は、希望さんから若き職人さんの想いを聞きました

【トピックス】
①ちょっと触れてみたくなるような漆器を作る
②木曽漆器とは
③蒔絵をはじめる
④漆器の特徴と蒔絵のこと
⑤今は今でいい
⑥“ちきりや手塚万右衛門商店”のこと
⑦子どもの頃から漆器を身近なものに
⑦広がる可能性


 ちょっと触れてみたくなるような漆器を作る

 漆器と聞いて思い浮かぶのは、どんなものでしょうか。重厚感のある黒や赤のお椀、金色の模様のついたお重などでしょうか。
 希望さんの作る漆器は、“カラフルでかわいい”。ピンクや緑、青の小さなお皿には、どうぶつや季節の花などの模様。また、黒いお皿に浮かび上がるように描かれている絵。デパートに、静かに並べられている漆器のイメージとは違い、手に取りやすさがあると思いました。今まで漆器に馴染みのない人やお子さんが、ちょっと触れてみたくなるようなものを、という想いが詰まっています。



 木曽漆器とは

 中山道の木曽の北入口に位置する“木曽平沢”の地区で発展。約400年にわたり、木曽漆器の伝統技法が受け継がれています。木肌の美しさを生かす「木曽春慶(きそしゅんけい)」、幾層の漆により斑模様を表す「木曽堆朱(きそついしゅ)」、彩漆で幾何学模様を描く「塗分呂色塗(ぬりわけろいろぬり)」、沈金、蒔絵など様々な技法・加飾があります。ガラスや金属など異素材への漆の活用や、現代生活に根ざした製品の開発など、新しい木曽漆器が生産されています。
 また、後世に漆文化を伝承するため、山車・舞台・建物・工芸品、国宝・県宝等様々な歴史的な漆文化財の修復事業を産地として取り組んでいます。



 蒔絵を始める

 希望さんは、地元を離れ、大学へ。就職のタイミングで戻ってきました。就職先の一つの選択肢として“ちきりや”があったそうです。
 「もともとは意思はなかったんですけどね…でも、戻ってきたころ、昔習っていたピアノの先生から、“ちきりやさんになるって言ってたから、嬉しいわ”と言ってもらえて嬉しいな、と思って…」というお話を教えてくれました。地元の人たちは、若い人が戻ってきてくれるだけで嬉しいはず。加えて、産地である漆器の仕事に携わってくれるのは、とても嬉しいことなのではないでしょうか。
 1年経った頃、「どうせなら作れるほうがいいな」と軽い気持ちで、木曽高等漆芸学院へ通いはじめます。週に2回、夜に、伝統工芸士の先生から指導を受けられる場所です。そこで、“蒔絵”の技術を中心に学んでいます。現在、6年目となり、「やっとものが作れるようになってきたところ」なのだそうです。
 この6年の間に、産地で受けている“文化財の修復事業”に携わることができたことも大きかったこと。なかでも、大きな事業が名古屋城本丸御殿の修復。「天井の格子に家紋をつけたり、ふすまの枠に唐草模様をひたすら書きました。当時に近づけるように、チェックが厳しい。何回もある仕事ではないので、勉強できてラッキーだったな、と思っていますね。」



 漆器の特徴と蒔絵のこと

 漆器の特徴は、漆を塗ったあと、時間が経てば経つほど固くなっていく素材であり、使えば使うほど馴染んできます。擦れたり、ツヤがなくなったら、研いであげて塗りなおすことができます。修理しながら長く使うことができます。
 「木目、天然の樹液なので、同じ漆でもツヤ、色味が季節によって違う。同じものができない自然のもの。操作しきれない部分で楽しめるもの。個体差があって、予想外によいものができることがある。それが面白いところ。」
 希望さんが作り出すものは、「蒔絵」の技術を用います。「蒔絵」とは、漆で絵や模様を描き、その上に金粉や銀粉、顔料などを蒔いて仕上げる技法です。蒔絵の描き出す優美で繊細な黄金の輝きが、日本の漆工芸が、世界を代表する芸術として高く評価された理由の一つだと言われています。最高級の技術が要求される技法です。
 「蒔絵は工程が多い。一つのものを作るのに、すごく時間がかかる。20工程あるとして、大切なのが5番めくらいにあったとして、そのまま進むと、17、18番めのときにどうにもならないことがあって、それをなおしながら仕上げるんですけど、加減が難しい。経験値が必要。感覚で習得していく感じ。」
 希望さんは、先生の恩師の言葉をたびたび思い出して、技術向上に励んでいます。
 「“失敗するほうが楽しい。”思った通りにいかないけど、そこから当初思っていたよりよいものに仕上げていくのが楽しいんだ。」


 今は今でいい

 「結果的にこの働き方があってるのかなと思う。自分で行動を起こせば何かできる。可能性の幅がある感じはしますね。大好きで戻ってきたわけではないけど、今は今でいい。」
 木曽平沢での暮らし、仕事に対して、納得されていると感じる言葉です。
 休みの日も、「ずっと筆を持っているかも」と話す希望さん。書道が趣味で、作品づくりをしているのだそうです。お菓子づくりもお好きとのこと。でも、結局、絵のデザインをしていることも多いそうです。

ちきりや手塚万右衛門商店”のこと

  “ちきりや”は、いつも開いているお店。「お客さんが来たときにがっかりさせたくない」という想いから。また、「時代ごとに変化があるお店」と、希望さんは言います。
 「生活により合ったもの。普段使ってもらえるものを目指しているところはあるかな。それと、子どものときから、漆器にふれてもらえるようなところを重視していますね。」畢生箸(ひっせいばし)がその代表です。畢生とは、終生、一生の意味です。

子どもの頃から漆器を身近なものに

 希望さんは、子どものころから漆器を毎日使う生活でした。地元を離れ、はじめて、それが普通じゃないということに気づきます。その経験から、「子どもの頃に使っていたら、昔使っていたな、と記憶に残って、大人になってからも使いやすいんじゃないかな。」と、子どもの頃から漆器が身近なものになることを望んでいます。
 その想いもあり、蒔絵のワークショップを最近はじめました。店頭にある在庫のある商品ならどれでも選ぶことができます。「スタンプみたいなこともできるので、小さなお子さんもできると思う。いろんな発想があって、勉強になりますね。すごく悩む子もいるし、パパっとやってしまう子もいる。」

広がる可能性

 「若い年代がいないので、がんばれたらいいな、とは思うんですけど…」
 希望さんは、そう控えめに話しながらも、木曽平沢や“ちきりや”のこれからのことを話しました。「漆器だけでなく、クラフトの人が集まるような土地になったら広がっていくものがあるのかな、と思いますね。漆だけでなく、技術を組み合わせて、今の時代に合うようなものができていけばよいのかな。売れるもの、欲しいものは昔とは違うと思うので。同じことをやっていても、続かなくなっちゃう。続けていける道を探しながらやっていけたらいいな。」
 希望さんの作る漆器は、“カラフルでかわいい”。手に取りやすさがあると思います。今まで漆器を手にしたことのない人にも、漆器を伝えていくことができるのではないか、と期待が膨らみます。



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【書いた人】
太田清美 2020年4月、名古屋から長野県上伊那郡箕輪町へ移住。
自然の近くで、季節を感じながら、山々を眺めたり、野菜づくりをしたり、 自分の暮らしのカタチを追いかけている。
風景、営み、人、文化、など一つ一つを味わい、 体感したことをいろんな人たちと共有していくことが嬉しい人。      


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